「さて、マルクルさん。わたしすることあるかな?」

「あ、マルクルでいいです。うーん。ぼくは課題やらなきゃだけど、
 さんは特にすることないですね。」

「わたしのこともでいいよ。
 そっかぁ…じゃぁとりあえず、キッチンを片付けようかな…さっきフライパン探すの大変だったし。」

 マルクルと二人でキッチンを見詰めて空笑い。マルクルだってこの惨状は気になっていたのだろう。 何かあったら手伝うと言ってくれて、とりあえずゴミを入れるための袋と、使われた形跡のないまま色褪せた雑巾を探してきてくれた。

 それから数時間。わたしは汚いというレベルを超えたキッチンの掃除に没頭した。 本当はキッチンが掃除したかったわけじゃないけど、そうでもして居ないと、なんだか生きていけない気がしただけ。

「ふー。」

 黒くて少し艶めく乙女の敵との戦いも制して、なんとなくキッチンらしさを取り戻してきた頃、わたしは初めて一息ついた。

「頑張ったね。」

 マルクルとは違う柔らかい声に驚いて飛びあがるわたしを、遠くでマルクルが笑った。振り返った先にはハウルが居て、同じようにわたしを見て笑っていた。

「お、おかえりなさい。」

「ただいま。」

 今朝使った衛星面が不安だったお鍋を先ほどぴかぴかに磨き上げた。 そのお鍋にお水を入れて、ハウルは颯爽とカルシファーの協力のもと珈琲を淹れてくれた。どうやらもう日は暮れて、夕飯時が迫っていた。 夕飯も朝と大差ないメニューで、この家の食生活の危険性を感じた。

「カルシファー、風呂に湯を。」

 夕食を終えてしばらく、ハウルはそう言うと二階へ引っ込んでいった。 カルシファーは本日二回目のお風呂に悪態をついていたけれど、 しばらくたってハウルがお風呂に入る轟音が一階にまで響いてくる。 ただお風呂に入るのに、いったいどれだけのお湯を必要としているのかを考えていたら、 マルクルが遠慮がちな音を立てて立ち上がった。

「じゃぁ僕はもう寝ますね。」

 マルクルは眠そうに眼を擦っていた。 普段はもっと早く寝るけれど、きっとわたしが心細いだろうと思ってくれたのかもしれない。 小さな紳士の優しさに、自然と顔が綻ぶ。

「うん。おやすみマルクル。」

「おやすみなさい。」

 昼のうちに少しだけ打ちとけることのできた可愛い少年は、気だるそうにあくびをしながらわたしに夜のあいさつをした。


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