落下する。

地球には重力があるんだ。

そのことを本当の意味で思い知った。





貪欲を許される現実






 どうしてこんなことになったんだろうか。空を見ながら考えた。けれどその理由はまったく思いつかなかった。
 ただ、いつものように眠たい目を擦って、決死の思いでベッドから這い出して、 リリーの小言を聞きながら、のろのろと身支度を整えた。ちょっとだけお化粧をして、 やっぱりリリーに催促されながら部屋を出て、階段を下りて、みんなに軽く挨拶をしながら談話室を抜けた。 それから急いで大広間へ行って、おいしい朝ごはんを詰め込むように食べて、横目でリーマスとアイコンタクト。 ちょっとどきどきして、頬を薄っすら赤くして授業に向かった。魔法薬学ではリーマスの苦手をカバー。 今日のサポートは完璧だったと思う。飛行術ではシリウスとジェームズがふざけているのをピーターと地上で見ていた。
 何の変哲もない。いつも通りのちょこっとだけどきどきする一日。放課後にはいつもみたいに、 大好きなリーマスと手を繋いでお散歩をするんだと思っていた。
 けれどリーマスとの待ち合わせ場所へたどり着くよりも早く、わたしに事を呼び止めた女の子ペア。 どういうつもりで引き止めたのかなんて聞かなくても分かっていた。けれどわたしは知らないふりで彼女たちの背中を追った。

「あなたはルーピンくんとは釣り合わないわ!」

頬を打たれる。
ルーピンくん?ああ、リーマスのことか。ぼーっと考えた。

「うん。じゃぁ誰なら釣り合うと思う?アナタ?」

 上から下までなめるように見てやる。わたしは可愛らしい良い子ちゃんじゃない。 嫉妬深い目の前の女の子となんら変わらない。誰かがリーマスに釣り合うなんて考えたくない。 リーマスの隣はわたしのモノじゃなきゃ駄目。

「なっ!」

「ねぇ、自分なら釣り合うなんて思ってるでしょ?」

 柔く笑ってみせる。相手の表情が強張るのが分かった。直接的にわたしと対話してるわけじゃない、 もう一人のおしとやかそうな少女の方へ視線を移した。

「それとも、自分じゃ何もできません、って感じのアナタ?」

 わたしがにっこりと笑いかければ、彼女は涙目。わたしの最も嫌いなタイプの少女だったようだ。
 そんなわたしの頬に、勝気なほうの女の子がもう一発お見舞いしようとしていた。 その手首を掴んで、軽くあしらう。彼女の顔が茹でたタコみたいに赤くなるのが見えた。

「なによ!あんたが釣り合ってるとでも言うの!?」

 後ろに控えたしとやかな少女のためとは思えない罵声。わたしはつくづく悪い奴で、口の端が上がるのを感じた。

「少なからず、オトモダチをだしに使ってるアナタに比べればね。」

 ちょっと苛めただけ。私だって大切な時間を割いた上に、言われたくないことを言われてるのだから、 ちょっとくらい仕返ししたっていいじゃない。
 でも、世の中同等に、なんてルールは無くて、気づいたら強い衝撃。追うように浮遊感。 視界が反転したころには窓から落ちたのだと理解して、ピントが合うころには身構えていた。

 けれど心のどこかが叫んでる。

 どうして。
 まさか。
 そんな。

 地球には重力があるのだと思い知る。杖を探す。けれど見つからない。 視線の先には窓枠を握りしめる先ほどの少女たち。真っ青な顔の二人。
 このまま死んでしまったら、彼女たちのどちらかが私の手に入れた場所を手に入れるんだろうか。

 毎朝のアイコンタクト。魔法薬学のサポート。放課後に手を繋いでお散歩。
 許せない。そんなことだけは絶対に許せない。

 醜くったって、下品だって、愚かだって言われたって。

 だって、私、リーマスが・・・

 加速する。体に重みがあることが分かった。加速する。重みと重力が重なる。
 距離にして数メートル。もっと一瞬の出来事だと思ってた。何も考える間もないと思っていた。

っ!」

 あ、リーマス。










 薬品のにおいが鼻を突く。誰かがすすり泣く声と、誰かが怒りを露にしている声。

 リリーだ。それにジェームズとシリウス。小さなピーターの声もする。

 左手に暖かさを感じる。そう、手を繋いで、お散歩をしなくちゃ。

?」

「ん?」

「目が覚めたんだね。」

 瞳を押し上げればめいっぱいにリーマスの顔があった。私が驚いて目を丸くすると、リーマスは目じりを下げて笑った。

「みんなの声がする。」

「ああ、外に居るよ。でも煩いから追い出されちゃったんだよ。」

 少し困ったような笑い方もいつものそれと変わりなくて、私は天国ではなく現実を理解する。 欲深く人を愛することを許される現実を。

「何があったの?」

「秘密よ。」

「全部見ていたんだ。」

「じゃあ聞かないで。」

 自然と微笑が零れた。リーマスが全部見ていたことなんて知ってる。物陰に隠れていたって、 息を殺していたって、たとえ透明マントを被っていたって、それがリーマスならば私だけは見つけられる。 そんな不確かな確信があるから。

「ねぇリーマス。」

「ん?」

「私ね、あの子達以上にね、」

 私の目が覚めたことに気が付いたマダムがベッドのカーテンを引く。 小さな隙間ができたことに気を取られながらも、私はリーマスから視線をはずしたりはしない。

「貪欲にあなたが好きよ。」

 言葉にしてしまうと軽くて、うまく伝わるのかと不安になった。
 マダムはほんの少し気を利かせたようで、静かにカーテンを元の位置に戻した。
 そんな彼女の気遣いに甘えて、私とリーマスは唇を寄せた。

 軽く触れ合ったお互いのそれから、醜く穢れていて、けれど純粋で美しい想いが交じり合ったような気がした。