血だ。
間違いなく血だ。
生暖かい感覚。
体内から引きずり出される感覚。
スッと遠のく意識。
間違いなく血だ。
Why Not ?
生まれて此の方、別段何かに執着した事は無いと思っていた。
人を愛していた感覚もなければ、友人らしい友人を作った記憶も無い。
何にも執着しない代わりに安息を手に入れていたと信じてた。
ホグワーツを卒業してから早数年。敢えて言うなら仲の良かった人間とは数回会った。
それが俗に言う人気絶頂だった悪戯四人組と、赤い髪をした誰からも憧れを得ている彼女だという贅沢は自慢だ。
そう、自慢程度のつもりだった。年に数回会えれば良い程度の関係で、
離れている間に別に強く彼らを思い出すことなんて無かったと思う。
時たま昔の事をフラッシュバックさせて、ああ、どうしているだろう、と、その程度だった。
「魔法使いが・・マグルみたいなっ、・・物理的攻撃とはっ、流石にねぇ・・・っ」
わき腹の辺りが生暖かい。
正直言って予想もしていなかった状況だ。魔法使いなのだから魔法使いらしく、
魔法で戦争をするものだとばかり思っていた。
それに魔法の方が数段早く、尚且つ的確な殺傷基準を持っていると信じていた。
マグル学を馬鹿にしていたけれど、どうやら真面目に受けておくべきだったかもしれない。
けれどただの学問たるそれが、今の私に適応できる何かを教えてくれただろうか。
「まぁ、確実に、特攻って・・、やつになってるけどっ」
声を発するたびに痛む。何処がだろう。全体的に痛みに犯されているように感じた。
月が笑うみたいに弓なりの形をしていた。時々雲に隠れて、世界が漆黒に包まれるのかと思う。
けれどそれは直ぐに風の力で押しのけられた。
例えばそれが私の命の灯火に値するとしたら、万事休す?、いや、風前の灯か。
小さく笑えば腹筋に力が入り、わき腹から今まで感じた事のない感覚を得た。
何かかが体内から吐き出されるのは、此処まで不快感を伴っただろうか。
一瞬力が抜けて、私の体は草の上に投げ出された。コンクリートの道を避けて本当に良かったと思う。
コンクリートというものは、意外と死因になりかねないと常々思っていた。
「しかし、ほんと、・・・ナイフとは、ね。」
私の放った呪文。それに対して返ってきたのは反対呪文でも死の呪文でもなく、
小さな、けれど確実に致命傷を負わせる刃渡りだけは計算されたナイフ。
マグルを否定した魔法使いとしてそれはどうかと思う代物。
しかし余ほど練習したのか、私が愚かだったのか、そのナイフは私のわき腹に的確に刺さった。深々と。
恐らく魔法だ。そう気付くまでにどれほど掛かっただろう。それほどにナイフを使用するのは予想外だった。
魔法使いだ。魔法でどうにかしようとくらいした。けれど、そうか、呪いか。魔法かもしれない。その差はあるのだろうか。
どちらにしたって、傷口が閉じる事は無かった。
「全く、本当にっ・・・、そういう使い方も、在り、か・・・」
手の込んだ作戦だ。戦う事に慣れた、攻撃をかわすことに慣れた、身を守る事に慣れた人間を確実に殺す。
そういう目的の計画的な戦略だ。そんな風に冷静に考える脳と、痛みによって引きずり出されそうになった違う自分とが争っているように感じた。
どちらにしろ私の呪文は相手方に届いていたようで、
他からは少々褒められるべき呪文ではないけれど、相手も立ち上がることは出来ないだろう。あとは、どちらに運が向くか。
どちらの寿命の方が長いか程度だ。
そもそも相手はまだ生きているだろうか。仲間を呼んだ気配が無かった。
手元が狂って死んでしまっただろうか。それともそもそもマグルの道具なんか持ち出した時点で、
本気の特攻だったのだろうか。
きっと彼にもう帰るところは無いのだ。待つのはどちらにしても死なら、どういう死を選ぶだろう。
栄誉にも栄光にも、死にも、生にも、それらに興味の無い私に彼の心は到底分からなかった。
「まぁ、なんにせ、よ・・・お前、・・恥ずかしいな。」
私の声が届いたのか、数メートル先の相手が少し動いた。けれど立ち上がれないらしい。
呻いて、元の地面に体をべったりとくっつけた体制に戻っていた。
「まぁ、なんていうかっ・・・」
血だ。迷うことなく、間違うことなく血だ。
「お前が、帰る、こと、あったらさ・・、君らのキングに、伝えな・・」
口の端からも血が出てきた。内臓が悲鳴を上げたようだった。
「私は、グリフィンドールだってーのっ!」
力んだと同時に、息が詰まるほどの激痛。そして血だ。体から引きずり出されるような感覚。
不図、目の前が揺れた。
終わりだ。そう、きっと、これが終わりだ。
スッと遠のく意識。揺れる視界。掠れて出す事が困難になった声。薄れていく音。
薄く霞んでいく視界の中に、ゆらゆらと揺れる光を見た。
「っ」
そして声。ああ、誰の声だっただろう。