奇跡の男の子?
世界に光が戻った?
口々に叫ぶ声は私には届かない。
貴方に守られ、慈しまれ、愛し愛された私には届かない。
此処は楽園。
誰もが疎む、強かな楽園。
強かな楽園の檻
私はヴォルデモートが唯一愛した女だと思う。彼は自らのことを語ってくれるような、
そんな話上手な男ではなかったから確信は無い。けれど私は自信を持っている。
一人で過ごすには少し広すぎる部屋に、一人で眠るにはやはり広すぎるベッド。
大きなクローゼットに詰められたドレスは全て紅い色をしている。私が頼んだのだ。
紅いドレスが良いと。紅いドレスでなければ嫌なのだと。
「既にお耳に入ってはいることでしょう。」
紅いドレスが良いと言ったのは、その赤が彼の瞳と同じだから。
残念なことに私の瞳は紅くはないから、少しでも彼と同じ色を纏っていたいと思ったが故だ。
眠る前に彼に囁いた私のことを、彼は鼻で笑ったけれど、
次の日にはクローゼットの中は紅一色になっていた。
「わたしは愛されていたと思うのよ。」
「ええ、さまは愛されていたでしょう。」
気休めに聞こえた。いや、実際に気休め程度の言葉だったのだろう。
私は彼の口から紡がれる愛の言葉が聞きたいと思った。
幾度も幾度も私を腕に治めて、整ったその唇で愛を紡いでくれた。
その愛が本当なのかは知らない。一番お気に入りのお人形だったのかもしれない。
それともただの大切なものをしまっておくための宝箱だったのだろうか。
私を愛してくれていたのではないかもしれないという、大きすぎる不安が時に私を襲ってくる。
けれどそれを問い詰める先が今は居ない。
二歩下がると椅子に当たった。そのままそれに座る姿を見つめていたルシウスは、その私に合わせるように別の椅子に座った。
火は灯していないというのに、満月の今日はとても明るかった。私は元々太陽は好かない。
月が好きだと言った私を嬉しそうに抱きしめた彼の顔を思い出した。
「さま。どうぞお気を確かに。」
「私の気はとても確りしています。」
窓の外は無音。世界中が踊り狂っていると聞いたのが嘘のようだ。梟が鳴く音が酷く大きく夜を制していた。
「帝王は、」
「彼はご崩御などなさらないわ。」
「生きておいでと?」
「ええ、生きているでしょう。」
必ず生きている。確信を持っている私と、それを恐れているルシウスが見詰め合う姿は酷く滑稽だった。
夜の闇はまだまだ長く、朝は誰かが思うよりも一層遠くに置かれてしまっていた。
それはきっと私が朝など来るなと願うからだろう。この屋敷に朝は来ない。朝は夜なのだから。
「何故、それほどまでに確かと?」
「ああ、ルシウス。わたしとて愚かではないわ。」
「では、何か確信がおありで?」
ルシウスの探るような瞳の中に眠る揺れ動く強い疑心。そして、恐怖に似た不安。けれど私は分かっているのだ。
私の愛した男は生きている。そうでなければ辻褄が合わないのだから。
「ルシウスよ、わたしは愛されていたのだ。」
「ええ。」
「この闇の陣営の誰よりも、印を持たないわたしが愛されていたのだ。」
閉じ込められた。大きすぎる部屋の中。大きすぎるベッドと、大きすぎる役目。
必ず私は生きながらえる。彼を心の奥底から愛しているから。彼もそれを承知していたに決まっている。
そして私が生きれば彼もまた生きながらえていく。
私に闇の印は無い。故に作られた強かな檻は楽園に等しかった。
「わたしが生きる限り、あのお方は復活できる。」
私は箱。楽園に置かれた箱。彼の最後の砦となれたことを誇りに思おう。
そして彼の望みがかなう日には、彼の作った強かな檻の中で生きながらえよう。
万が一、彼の望みが潰えて、真の敗北の日が来たならば、私はこの強かな楽園の檻で命を絶とう。
「他の何者にも触れさせるな。」
そういった彼の言葉のままに生きていこう。そして死に逝くことにしよう。
私は愛されていたのだ。
闇の帝王に。
ヴォルデモートに。
ああ、だから私は箱なのだと。だから私はこの強かな檻を宛がわれたのだと。
この檻が楽園であると、
どうか私を―・・・。