私たちは出会った。

暗い闇の中でも、悲しみの海に溺れていたわけでもない。
暖かな日の光に包まれる中で。

確かにわたしたちの人生は、
他と比べればどん底の人生だったけれど、
あの時はまだ随分ましだったのに。










リトルエデンよ さようなら











 トムと呼ぶと彼は少し機嫌が悪くなる。何故だかは知らない。けれどそれを知ろうとも思わない。 彼と同じように私にも触れて欲しくない部分があったから。
 愛し合うことに過去はいらないと思っていた。 これからだって関係なく、ただ今という目前の時だけが重要なのだと思っていた。 私も彼も同様に若かった。明日を恐れることをまだ知らないというだけで、人間は底なしにスーパーマンになれる。

「トム?」

 私の呼び掛けに、案の定彼は少し機嫌を悪くして、器用に片眉を持ち上げることで答えた。

「君はいつになったらそう呼ばなくなるんだい?」

「そうね、きっとトムが嫌いになったらじゃないかしら。」

「僕がそれを望まないことを知っているんだね?まったく意地が悪いんだから。」

 どちらからとも無く笑い合う私たちを、頬を染めた少女たちが遠くから見つめていた。 私の視線がそこあることを知った彼の肩が揺れた。

「妬いてる?」

「なぜ?」

「彼女たちは可愛らしいだろう。」

「ああ、トム。私は可愛くないっていうのね。」

「そうだよ。だっては美しいからね。」

「トムは可愛いほうが好き?」

「いや、僕は君が好きだよ。」

「じゃあ妬くのは彼女たちのほうね。」

 スリザリンらしく笑いかければ、トムの唇が私の唇と触れた。 遠巻きに見つめる少女たちが悲鳴に似た小さな声を上げて走り去る。
 この男もやはりスリザリンで、一筋縄には行かない。見せ付けるだけ見せ付けて、彼女たちは嫉妬する。 その嫉妬はいったいどこ向かうのだろうか。きっと私には向かってこない。 彼女たちだって勝算の無さは分かっているだろうから。

「ねぇトム、」

「君の質問は今日は無しだ。」

「あら、何故?」

「僕が質問するからだよ。」

 そういって笑ったトムの顔に背筋が凍るのを感じる。彼と私は愛し合った。でも、過去も未来も、無い。 じゃあこの愛は何を根拠にしているのだろう。二人の今は一瞬で、瞬く間に過去になるのに。

「僕と一緒に来てくれるね?」

 どこへ。何をしに。
 そんなこと聞かなくたって彼を見ていれば分かってしまう。彼がそういう風に振舞うから。 そして私が可愛らしくないから。
 だからトムに愛されて、トムを愛して。

 視界の端に白。カラフルな衣装によく映える白い髭。一度確かに言われていた。

 その愛はどんな性質を?

「ああ、トム。どうしましょうか。」

「答えは一つだろ?」

「いいえ、トム。答えは沢山あるわ。」

「君には一つしかない。」

「私だから沢山あるのよ。」

 トムの片眉が上がった。機嫌が悪いのね。咎めるように、釘をさすように、 窘めるように佇んでいた視界の端の白が踵を返してどこかへ去っていった。 きっと私の出す答えを知っているから。

 トム。私たちは出会ったのよ。日の光の下で。きっと人生で一番明るい時に。
 なのにどうして闇を。なのにどうして暗い道を行けると言うの?

?」

「あなたは望まないと言った。」

?」

「そう、私も望まない。」

 瞳を伏せれば涙が流せるかと思った。けれどやっぱり私は可愛らしくないから、それは叶わなかった。

「けれど、結果はそうなったの。」



「悔やむなら、トム、あなたがトムを嫌ったとこを。」

 伏せていた瞳を上げて、ため息が漏れた。空を見上げると彼が望む闇が押し寄せてくるのを感じた。

「さようなら、リドル。」

 私の声が世界に響く。響いて、散る。

 絶望と、切望と、怒り。彼の瞳が赤味を増したように感じた。





 どうして、未来を見なかったのか。どうして、過去を知らなかったのか。

 その愛の性質は?

 確かに愛だった。

 けれど臆病なスリザリンに変わりは無かった。狡猾に自分を守ろうとしていた。

 私たちは愛していた。けれど、

「ダンブルドア先生。」

「ああ、ミス、。」

「私とトムは、愛し合っては居なかった。」

「そうじゃな。」

「逃げてばかりでした。」

「ああ、じゃが、君の決断の時、君は確かに彼を愛し、
 その愛を彼にぶつけたのじゃ。」

「初めて、失いたくないって思ったの。
 あの時、初めて。」

「君は、よくやった。」

「はい。私は―――…」





 トムはもう居ない。代わりに闇の帝王が居る。戦いに興じていると、 闇の帝王が引っ込んでトムが私を見ることがある。その度に私は叫ぶように囁く。

「愛してるの、トム。」

「妬いてるわ、トム。」

 でも、
 いつだって、

 最後はこう言うことになる。



「さようなら、リドル。」



 彼が「もう戻れない」と囁く声が、私の聴覚を刺激するから。



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ダンブルドアじいさんを出すのが好きです。
彼はいつだって、
間違いの象徴で、
佇むだけで決断の要になると思います。