もしもこれがハッピーエンドの物語じゃなかったなら、
わたしはハッピーエンドを手に入れられただろうか。



Evergreen




 わたしたちの出会いは、彼が闇の帝王になって世界から恐れられるよりもずっと、ずっと昔。 一体どれくらいの時間がわたしたちの間に訪れては流れ去っていったのか。 それを正確に思い出すことは難しい程、わたしたちは長く、長く共に過ごした。
 人を寄せ付けないのが今彼の売りみたいなものだけれど、 わたしに対してだけはそうじゃないと信じている。 そんなことは理想で、彼みたいな人間は、きっとわたしのことでさえ信用していないだろうけれど。

 一時彼は死の淵を彷徨って、わたしと彼は違う時を進むことにはなった。 ほんの10年ちょっと程度だ。けれど、わたしは彼の復活を待っていたわけだから、 同じ時を進んでいたと思ってもいいだろう。そう言ったのはわたしではなくて彼だったけれど、 わたしもそうあって欲しいと思ったから信じることにした。
 彼がそう提案したとき、ほんの少しだけでも、 わたしという存在が彼の中で他の誰かより上回っている気がした。 それが嬉しくて、自分の部屋へさがった後に涙が溢れた。その事は彼にはまだ教えてあげていなかった。 きっとこの先も、彼が知ることは無いだろう。
 だってそれを彼に教えてしまったら、彼はわたしを疎ましく思うか、愚かだと罵って、 かつてした約束のままに殺してしまうんじゃないかと思ったから。
 彼は愛を重視していないし、わたしもまたそれに縋ったりするつもりは無かった。 だから彼に愛を求めないし、わたしが示す彼への愛は忠誠だけでいいと思っていた。
 けれどやっぱりほんの少しだけ愛しくて、まだ、まだ、まだ、ずっと長い時間、 これまで過ごした時間以上に長い時間を、彼と一緒に闇の中を歩みたいと思っていた。 だからわたしは彼が嫌いそうな事は極力避けたし、あの日の約束には絶対に触れないようにしていた。
 容姿端麗、成績優秀。狡猾でスリザリンの中のスリザリンとまで言わしめたわたしにしては、随分と賢くないやり口だっただろう。 正直言って、本当に彼がそれに気づいていないなんて思えなかった。
 だからほんの少しでも、きっと彼にとってわたしという存在は、他の誰かとは違っていたんだと信じている。
 愛ではなかったかもしれない。女としては見られていなかったかもしれない。 けれどまるで恋人のように彼と寄り添って歩めたことは、どんな栄誉賞にも変えられない、 わたしの人生の中で最も美しく素晴らしいトロフィーだろう。

『わたしを殺して欲しいの』

 あの日、彼に声を掛けたわたしの願いは、多分今も変わっていない。 彼に殺して欲しいし、殺されるなら彼でなければいやだし、 それ故に寿命を全うして、神様なんかに殺されるのも御免だと思う。 彼はそれに対して人当たりのいい笑顔を向けただけだったけれど、その次の日からわたしたちは同じ道を進んでいる。

「帝王さま。」

「お前にそんな風に呼ばれるのは好かない。」

「ねぇヴォルデモート。」

「なんだ。」

「わたしたちどうなるかしら。」

 彼は喉を一度だけ鳴らす。きっと哂ったんだ。
 一度霧の如く消え去って、そして甦ったあなたの中に、果たしてあの日の約束はあるのだろうか。 忘れてはいないだろうか。イエスともノーとも取れない、嘘の微笑みの真意はどちらだったのだろう。わたしの望みが宙を舞う。 そんな感覚がして、瞳を伏せて、頭が項垂れる。

、お前に恐れることはない。」

 私が付いているのだから、と続く彼の声が頭上から降り注ぐ。しんと静まる深い闇の音。
 何よりも愛しく。何物にも代えがたい。この愛しさはどこへ行くのだろう。 きっと彼の心にそれを収めて置いてくれるスペースはないだろうから。 宙を舞って、消えるのだろうか。

「リドル…」

 呟いた声が静寂を貫く。もし、わたしが視た未来がわたしにとっての絶望ではあるけれど、 それが実質わたしの望みだったと知ったら、ねぇ、貴方はどんな風に哂うんだろう。

「出会った時に戻りたい」

 本当の望みは彼と共に生きること。 陽の光の下でも、深い闇の底ででも、どちらでだって構わないから、共に歩み続ける事。 ままごとみたいな今のままのわたし達でいい。友愛とも、恋とも、劣情ともとれない曖昧な愛情。 生ぬるい舌で舐め合い、お互いの領域を探るような今のままで構わない。
 でも、その望みは潰える。どんなに望んでも、わたしたちは悪役だった。幸せにはなれない。 だって、それが物語のルールでしょう。
 英雄が貴方を滅ぼして、貴方は闇の王となる。 歴史はあなたを恐ろしい化け物のようだったと謳うのだろう。

「戻れない、って分かってて言ってるのよ。」

 閉じた瞳から涙が毀れて、項垂れた頭のせいでその雫が地面を湿らせた。 瞳を開いても、映り込むのは変哲の無い世界。どんな望んでも何も変わらない、 わたしと、貴方と、この終焉に近い物語。

「わたしを殺して欲しいの。」

 始まりと終わり。表裏一体とは誰が言っただろう。光があれば、闇が生まれるのは何故だろう。

...なにを今更、」

 震えた彼の声。ああ、リドルの声。<大好きだった。だから殺して欲しかった。
 初めて声を掛けた日よりずっと昔から、貴方を見ていたの。確か教えてあげたことなんて無かったけれど。
 知らなくていい。知ってなど欲しくない。
 わたしは知ってる。彼もすぐわたしと同じ道を辿る事になることを。
 物語の終わりなんて見る事が出来ない方がよかったかもしれない。 けれどこの瞳がその卑しい力を持っていたからこそ、わたしはこの世で最も望む事を手にできる。
 けれど悔しい。何も知らずに、ほんの少しだけ長い時間、貴方の隣で笑っていたかったの。

 何かを悟ったような彼の顔。昔とは随分変わってしまったけれど、そうね、何も変わってないわ。 揺れる瞳が閉じられて、開かれて、細められた。愛してる、と、彼の口元が動いた。 驚いて目を見開く。止め処ない涙。心に生まれる、満たされる感覚と、焦燥。 そして、ありがとうと微笑むわたしの胸を、エバーグリーンの衝撃が抜けた。



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PC内を整理していたら出てきました笑 手直ししてUP。