Nemo ante mortem beatus. #5生まれ変わっても、君を必ず見つけ出す
ねぇ、トム。あなたはとっても寂しがり屋だったわね。それに誰よりも臆病だった。
わたし、知っていたのよ。あなたがどうして夜に眠らないのか。太陽が嫌いなんて嘘を吐いたって分かるわよ。怖いのでしょう、光輝く世界が。あなたの居場所がそこにはないような気がして、あなたの大切なものをすべて奪い去って行くような気がして。光の中ではあなたはちっぽけで、誰もあなたを気にとめないと思っていたのでしょう。でも違うのよ。わたしは光の中でもあなたを見付けることができただろうし、勿論あなたを今と同じくらい愛せたと思うの。
けれど、わたしがそんなあなたに気付いてあげるのが少し遅かったのよね。わたしもあなたと同じくらい寂しがり屋で臆病者だったから。そのくせ私たちは妙なところに矜持を持っていた。だから誰にもそれを言えなくて、自分でさえその感情を認めたくなくて、いつだって眼を背けてしまった。
「あ、…」
乱戦の最中、ハリー・ポッターとトムが対峙しているのを視界に捉えた。その時、わたしにはもう結末が見えていた。そしてわたしは彼の代わりにわたしたちを振り返った。出会った日や彼が新しい名前を教えてくれた日。彼の闇が始まってしまった日。共に行こうと決めた時。朝のキス。
幸せだったのだろうか。いや、確かに幸せだった。彼との日々は決して楽しさだけではなかったけれど、他者が味わう事のない苦しみを感じた日もあったけれど、幸せだった。彼はいつだってわたしを幸せにしてくれた。
「さようなら、ね、トム。」
誰にも聞こえないようにそっと呟いた。その声に倣うように彼に呪文が当たる。彼の呪文が、彼に。それはまるでわたしが彼を殺したような錯覚を得た。
「トム、待っててね。」
彼の崩れ行く肢体を見て、止めていた歩みを進めた。彼の方へ。いち早くそれに気付いたポッターがわたしに杖を向けた。そのポッターの杖先を通りこして、彼の眼を見た。見る見る見開かれる眼が見ていたのは、何とも情けなく微笑みながら泣くわたしの不様な姿だろう。
彼の死に安堵した。もう自分達では終わりにできそうになかった。誰かが終止符を打ってくれるのをずっと、ずっと、待っていた。
トムの傍らに座りこんで、彼の頭を抱き込んだ。この抜け殻の中に彼はいないだろうと分かっていても、そうしたいと思った。
「トム、終わったね。やっと、終わった。」
もう、大丈夫。もう、何も恐れる必要はないよ。わたしたちは終わったのだから。
「一緒に行きましょう。もしもまた逢えたら、また一緒に行きましょうね。」
元々低い体温をより一層低くした彼の額に口付た。米神、眉、瞳、頬、顎へ口付て、そして唇へ。ほんの少しの温もりがそこには残っていた。
嗚呼、ダンブルドア、今なら答えられます。
「私は幾度でも、光の中でも、闇の中でも、どんな彼とでも寄り添って生きていきたい。」
「え?」
「ダンブルドアの墓前にそう伝えて。」
あの日の迷いはもうない。測りかねていた距離は、寄り添う心が示している。次に出会うなら、我儘を言い合おう。そんなことしないで、と伝えよう。彼の腕を掴んで、縋って、どんな彼でも愛しているわたしを彼に分かってもらおう。
「わたしとあなたの間に死が横たわる時は、その死を超えて、あなたと共に地獄まで付いて行くと、私誓ったの。」
トムの肢体を抱く力を強めた。もう彼の中に彼は居なくて、彼は今きっと一人地獄へ向かう道で寂しい思いをして居る。
「だから一緒に逝きましょう。」
杖を取りだすと、周囲がざわめく。ただハリー・ポッターだけが、驚きに染まった瞳でわたしを見続けていた。そんな彼にたおやかに笑い掛けて、目を閉じた。
「ありがとう。ハリー・ポッター。」
そう、ありがとう。これでもう一度やり直せる。何度繰り返しても、同じかもしれない。何度出会っても、私たちは、また繰り返すのかもしれない。でも、幾度も繰り返す中で、きっと一度くらいは、詰らないくらいに平凡なわたしたちになれるかもしれない。
「そうだわ。ねぇハリー・ポッター。もう一つ伝えて頂戴?」
彼が息を呑んだ。そして小さく頷く。とてもいい子。彼とトムの違いも、きっとダンブルドアとトムとの違い程度の、ほんのちっぽけな違い。
「もし生まれ変われるなら、何度でも、生まれ変わる度に、わたしはトムを見つけるわ。」
そう、何度でもトムを見つけて、トムを愛する。彼もきっと何度でも見つけてくれる。何度でも興味を持って、何度でも愛をくれる。だから今は、地獄まで迎えに行かなければ。
わたしは自分に杖を向け、そしてトムを追いかけた。
fin