例えばある日突然に、



 これは一体どういう事なのだろうか。正直言って、もうどうにでもなれって気分だった。
 何の変哲もない、正直少し詰らないと感じる一日を終えて、ほんの少しの楽しみにとDVDを見ていた。 その途中で、一日分の疲れの波に押しやられていく自分を感じて眼を閉じた。DVDは勿論付けっぱなし。 ぐんぐんとまどろみに引き寄せられて、消す余裕なんてなかった。 また一から見直しね、って、別にそのシーンまで進めちゃえばいいだけなのに、それが嫌いなわたしはそんなことを考えたのが最後。
 夢は見なかったけれど、これが夢かしら?

「ここは、どこ?」

 いや、知っているけど。でも知らない。

「僕の家だけど?」

 床に倒れたわたしを覗き込む彼のことも知っているけど、知らない。
 いや、あり得ない。あるわけがない場所で、居るわけがない人。 さっきまで、確かにわたしは“ここ”を見ていて、“彼”を見ていた。 モニター越しに。平たい彼を。アニメーションの彼を。けれどこんなに立体的でリアリティのあるそれは知らない。 乾いた笑いが出そうになって、けれど笑う気力なんてなかった。
 彼が差し出した手をとって上体を起こして、確りと彼を見た。 さらさらと艶やかな金の髪と、長い睫毛に縁取られた、透き通った青い目。 まるでビスクドールのガラス玉の眼みたいで少しだけ怖いと感じたと言ったら、 ルックスに重きを置く彼は悲しむだろうか。 服装こそ見たことのあるそれとは異なっているけれど、カラフルさや派手さはわたしの知っているそれに然り。 暖炉の様な所を見れば、炎が意思を持って震えた。もうわたしは溜息しか吐けなかった。

「あなた、だれ?」

 それは僕が聞きたいなぁ、と、その綺麗過ぎる顔を険しくした彼を、わたしは知っている。

「あれは、なに?」

 指さした先の暖炉で燃盛る目の付いた炎も、わたしは知っている。けれど聞かずにはいられない。
 誰かに言って欲しかった。わたしの言葉では、わたしの脳だけでは、わたしの考えだけでは、信じられないから。 いや…、信じたくなかったから。

「きみこそ誰だい?」

 ぐるりと見回したお世辞にもきれいとは言えない部屋も、不思議な円盤を持つ扉も、灰が積もり過ぎている暖炉も、二階へ続く階段も、何もかも知っている。 嘘だ、と言う脳と、少しだけドキドキしている心臓。顔だけではなく声も険しくした彼がそんなわたしの顎に手を添えて、 わたしの顔を彼の方へ戻した。

「誰だい?」

「わたし…は、。」

 この非現実の中で、名前だけがわたしのまま。わたしはわたしに言い聞かせるように自分の名前を彼に伝えた。 ピクリと自分の片眉が動くのを感じた。一瞬だけ生まれたこの違和感はなんだろう。



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