「そう、じゃぁ、僕はハウル。彼はカルシファーだ。」
ああ、やっぱりそうなんだ。彼は“ハウル”なんだ。
「火に名前があるのね。」
「オイラは唯の火じゃないぜ!悪魔だ!」
「そう、悪魔だから名前があるのね。」
一層燃え上がったカルシファーを視界に捕えて、少し可愛いかもしれないと思った。
正直言って、自分がどうしてここまで落ち着いていられるのかが自分でも解らなかった。
今すぐにでも叫びだしたい衝動と、
それを抑え込む理性が渦巻いて、外見の冷静な装いとは裏腹にわたしの中はショート寸前だった。
夢かもしれないと思う。夢であって欲しいとも思う。
なんて恥ずかしい夢かしら、って朝起きたら笑うんだ。
けれど脳のどこかが本能的にこれが冗談じゃないってことを悟って、その考えを否定している。
「君はどこから来たの?」
ハウルの声が探るように、そして纏わり付くように感じた。
きっと実際そんな風に声を掛けているのだろう。
もしかしたらほんの少しくらい、隠し味みたいに魔法が織り込まれていたのかもしれない。
そう感じるほどわたしは何の飾りげもない返答しか浮かばなかった。
「東京。」
「トウキョウ?そんな街あったかな?」
「ないんじゃないかなぁ」
「じゃぁ君は嘘を吐いたの?僕に?」
「いいえ、本当よ。わたし、東京の自分の家で眠っているはずだったの。」
そのはずだった。そうじゃなくてはならなかった。
朝目が覚めたら、また慌ただしくて、何の変哲もない、詰らないけど、それでいて何処となく、そのままでいいか、と感じる一日を過ごして終える。
そしてそれを繰り返すはずだった。
ハウルの眼がほんの少しだけ見開かれる。
「でもきっと、ここに、この世界に東京はありそうにないねぇ…」
声に出してみると案外単純で軽い言葉だった。
先ほどは笑えなかったのに、わたしの口からはちゃんと軽い、乾いた笑いが漏れた。嘲笑。多分そんな感じ。
なんだか何もかもが可笑しかった。
疾うの昔にハウルの手という支えが外されていたわたしの顔は、重力とわたしの心に倣うようにゆっくりと下がった。
カルシファーの爆ぜる小さな音が部屋に充満していく。
項垂れたわたしの視界の端には、微動だにしないハウルの足が見えた。今彼はどんな顔をしているのだろう。
それ以上に今私はどんな顔をしているのだろう。
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