君の指先




 わたしがセブルスと出会ったのは、もう少しで5年生が終わろうって頃だった。
 わたしは魔法薬学が大の苦手で、いつだって大失敗。それを見かねた教授が、腕の立つわたし専用の先生を付けてくれた。それが彼だった。同学年のスリザリン寮生、セブルス・スネイプ。いつだって具合の悪そうな顔をして居て、常に不機嫌そうに眉間に皺を寄せている男の子だった。

「宜しく。わたしレイブンクローの よ。」

 そう言って差し出したわたしの手をまるで無視して、彼は鍋と材料を用意していった。自己紹介もせずに、ただ黙々と整えられていく今日の課題にわたしは小さく溜息を洩らす。すると彼はまるで射抜くみたいにわたしを睨んだ。
 その眼光はそれは鋭く、普通の女の子だったらきっと一瞥で口を噤むなり、逃げるなりしそうな程だった。けれどわたしはそのつり上げられた瞳に拒絶の色を見なかった。それよりもその瞳が何かを求めているように思えて、すっと引き込まれるのを感じた。

「セブルスって呼んでいいかしら?」

 黙々と、本当に何も言わずに、文字通り黙々と準備する彼を覗き込んで、ちょっと不機嫌そうに尋ねると彼の瞳が少し大きくなった。その開かれた瞳のを覗き込んで、わたしはわたしが間違っていなかった事を確信した。

「ね、いい?」

 もう一度だけ聞いてみるけれど、彼は何も言わずに材料にナイフを突き刺した。その時伏せられた瞳の先に、小さな喜びが浮かんでいるのを感じた。わたしがそっと溜息を吐く頃には、彼のその細くて荒れた指の先には、みじん切りになった材料がそろっていた。

「ね、これってわたしがやらなくちゃ意味がないんじゃない?」

 終始沈黙を貫く少年と30分程の時を共にして、その間彼はただただ薬を完成に向かわせるだけ。確かわたしの破滅的な魔法薬学の出来をどうにかする為に、先生はわざわざ放課後にこの場所を与えたのでは無かっただろうか。
 その後も彼は一言もしゃべることなく、わたしの存在さえ無視するように作業を進めた。そしてわたしの視線は、彼の器用に動きまわる指先をただ只管追っていた。



 セブルスとの無言の授業の後日、わたしは魔法薬学で初めて失敗をしなかった。今日調合する事になった薬は、先日彼が無言でパフォーマンスしてくれたものだった。教科書の文字を追うたびに、セブルスの動きや、材料の大きさ、鍋の具合…そういったものが思いだせた。だからわたしは材料をどれくらい刻めばいいのかも、それがどんな動きで行えば上手にいくのかも、鍋の中身がどのような状態になった時に、どの材料を入れればいいのかも分かった。

「セブルスってすごいわ。」

 褒めてくれた先生にそう言うと、彼は至極満足そうに笑っていた。この人は彼の授業が無言だった事を知っているのだろうか。わたしの頭を2、3度軽くあやすように叩いて、彼は他の生徒の方へと向かった。



 その日の放課後、わたしはペンを執った。彼にお礼の言葉を贈るために。けれどいざそうなると、いったい何を書いたらいいのかが思い付かない。そういえば男の子に手紙を書くなんて初めての試みだった。ルームメイトのサラが囃したてながら相手を聞いてきたので、素直にセブルスと言えば、彼女の顔はあからさまに青ざめていた。

って趣味が悪いわ。」

「お礼の手紙よ。」

「お礼?」

「うん。魔法薬学を教えてもらったの。」

 途端興味の無くなった彼女は談話室へと降りて行ってしまった。一言、頑張ってね、と言い残して。
 その後もしばらく考えてみたけれど、気の利いた文句は出てこなかった。だから素直に“初めて失敗をしなかったわ。ありがとう。”とだけ書いた。就寝時間の迫る中、わたしは大急ぎでそれを梟に託した。



 次の日の朝食。スリザリンのテーブルにひっそりと座る彼を見つけて、そんな彼がよく見える位置に陣取った。果たしてわたしの手紙が無事に彼に届くかが不安だった。読まずに捨ててしまうだろうか。

「あ。」

 梟が室内へと入ってきたのを見て、小さく声を漏らすと、昨日青ざめていたサラが溜息を吐いた。

「あなた、それじゃあまるで恋する女の子よ。」

 その言葉に眼をまんまるくして彼女を見ると、彼女はまた趣味が悪いと言った。
 視線を彼女からセブルスに戻すと、彼はこちらを驚いた顔で見ていた。その手には昨日書いた手紙が開封された状態で抓まれていた。眼が合うと彼はその目を素早く逸らしてしまって少し残念だった。

「わたし、セブルスの眼好きだな。」

「え?…ねぇ、まさか本当に好きになっちゃったりしないわよね?」

「なんで?セブルスってそんなに悪い奴じゃないわよ?」

「ありえない。」

 彼女は今までのどんな溜息よりも大きなため息をついて、昨日と同じように頑張ってと一言だけ言った。



 朝食をとり終わって、一時間目はなんだったっけ、と廊下にさ迷い出た。そこで腕を横から引かれて少しよろめく。乱暴な奴めと思って、わたしを引っ張ったやつを見ると、それはセブルスだった。

「今日、放課後に。」

 彼はそれだけ言い残して去っていく。本当に無口な事この上ない。けれど嬉しくなって口の端がとろけるように感じた。そんなわたしを見て、サラはやっぱり青ざめて頑張れと一言。

 さて、授業へ向かおう。そう思った時に、サラが顎で向こうを見ろと示した。お行儀の悪い事、なんて思いながら彼女の示した方を見れば、セブルスとそれと対峙する数人の少年。この学校で一番有名人なグリフィンドール生達。彼らがセブルスに一言二言と話しかけ、彼らの視線がわたしに向いた。それに倣うようにセブルスが振り返る。視線が交わると音のない声で、行け、と言われた。わたしはそれに無言で答えて、踵を返した。
 一時間目は占い学だ。



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