その後、放課後までの間に、今朝の出来事の噂話をサラが持ってきてくれた。どうやら彼らはわたしに声を掛けたセブルスをからかったらしい。そんなところだろうと踏んでいたので、気のない返事をしながら聞いていたら頭を小突かれる。

「あなたね、あのスネイプの彼女扱いされたのよ?」

「今朝初めて彼から言葉を掛けて貰ったのに。」

「あら、魔法薬学教えてもらった時は?」

「終始無言。」

 彼女の顔が歪む。そして決まり文句みたいに気取った声で“ありえない”と紡いだ。

「でしょう。無言だったのにわたし失敗しなかったわ。」

「そこじゃないわ!」

 彼女は溜息をついて、また口癖のように“頑張って”と添えた。わたしが分からないままに肯定の返事をすると、彼女は教授がしたようにわたしの頭を数回叩いた。



 ”今日、放課後に。”
 彼はそれ以上の事は云わなかったけれど、きっと“こないだと同じに”と続く筈だろう。そう思って向かった先には先約。と言うか待ち伏せ?

「ああ、君、逃げないでね?」

 そう言って口の端を上げたのは、眼鏡にくしゃくしゃの髪の毛をした人。隣に黒髪の綺麗な男。少し離れた反対側に鳶色の髪の少年。その少年の後ろに小動物みたいなやつ。ああ、かの有名な悪戯仕掛け人達。

「こんにちは。わたし、 。」

「え?ああ、こんにちは?僕はジェームズ。ジェームズ ポッター。」

 わたしの差し出した手に答えたのはポッター。

「こっちはシリウス ブラック。で、あっちがリーマス ルーピン。その後ろがピーター ペティグリュー。」

「こんにちは。」

 全員と握手するにはちょっと距離があったので省略。

「と、君、マイペースだね。」

「そうかしら。」

 教科書を開く。今日の課題はなんだろう。そしてまたその課題が、次の魔法薬学での課題と符合するのだろうか。彼は教授からそれを聞いてわたしに教えてくれているのか、それとも彼の予測なのだろうか。

「調子狂うなぁ…」

 ポッターの囁きが耳に届く。“実はスリザリン?”なんて失礼なことも言っている。

「レイブンクローだよ。」

 ネクタイをひらひらと振ると、彼は苦く笑った。その隣でブラックは興味を失くしたようにそっぽを向きながらも、どうやらとてもイライラしているようで足が小刻みに揺れていた。

「君、ここに何しに来たの?」

 そんなブラックの様子を察知したように、さっきまでの表情を一変させて今朝の様な嫌な顔をしたポッターと目が合う。けれどわたしは薄く笑って答えた。

「魔法薬学。」

「スネイプと二人っきりで?」

「そうだよ。」

「へぇ、ねぇ彼、優しい?」

「どうなのかしら?わたし、彼と会話をした事ないから分からないわ。」

 純粋に考え込んで小首をかしげると、四人中三人は呆気にとられた顔をした。たった一人、鳶色の髪をしたルーピンだけは溜息を吐いた。

「でもそうね、優しいといいわね。」

 心からそう願った。優しい人だといい。わたしが笑いながら頷くと、ポッターは座りが悪そうな顔をして頭をくしゃくしゃにした。

「お前なぁ、あのスネイプが“優しいといい”?ちょっとおかしいんじゃないか?」

 そんな失礼なことを言ってのけたのは、イライラが最高潮に達したような様子のブラック。その後頭部をポッターが思いっきりいい音を立ててぶん殴っていた。言い方を考えろ、ってことは、どうやら彼もそう思ったよう。

「そろそろ本題に入ってもいいかしら?」

 ほんの少し声を低くしてそう言ったわたしに全員の視線が刺さる。その視線に応えるようにたおやかに笑いながら、いっそう声を低くしてわたしは続けた。

「とっととわたしの先生を返して下さらないかしら?」

 ポッターも、ブラックも、ペティグリューも、勿論今度こそルーピンも、一同に同じ驚愕の表情で時を止めていた。

「わたしをただのいい子な天然ちゃんくらいに思った?
 怒る時は怒るのよ?
 いいえ、始めっから怒っているのよ、わたし。
 約束の時刻は疾うに過ぎてるわ、初回の時はわたしが来るよりも早く彼はここにいたのに。彼は時間に関しては…いいえ、恐らく多くの事に関して几帳面よ、調合の仕方からして、きっと。
なのに貴方達は彼が来る心配さえしていない余裕な態度。
 ねぇ、分からないわけないわよね。」

 貴方達と無駄話をするために、大事な放課後の時間を割いてるわけじゃないの。そう付け加えると、彼らは息を詰めた。
 逆上して杖を取りだそうとしたブラックに、先ほどからずっと用意していた杖で先制攻撃をした。ただ杖を取り上げただけ。攻撃しようとしたブラックを取り押さえようとしたポッターが、驚きだけでは表現しえない表情でわたしを見ていた。

「てめぇ!」

「よそう、シリウス。今回は僕等の負けだよ。」

 だからよした方がいいって言ったのに。ルーピンがそう言って溜息をついたので、彼に笑いかけた。

「セブルスなら、ここ。」

 そう言ってルーピンが指示した先は空間。“魔法?”と問えば、そんなところ、と今にもわたしに噛みついてきそうなブラックを取り押さえに掛ったポッターが答えた。リーマスの指先が何かに触れて、するりと布が滑り落ちたみたいな気がした。するとそこに現れたのはセブルス。ご丁寧に魔法で動けなくされていた。

「セブルス、ごきげんよう?遅刻よ。」

 わたしが言うと、彼は何か言おうとしたけれど、どうやらこちらも魔法で封じられている様子だった。ルーピンがその両方を解除して、セブルスが怒りに任せて彼らと喧嘩を始めてしまったらどうしようかと思った。けれど彼は服の埃を払うと、わたしに向かいあう。視線が交り合った。

「すまない。」

 「始めよう。」と、ただそれだけ続けて、まるで今まさに止むを得ない事情によって遅刻して掛け込んできたとでもいうように、彼は忙しく道具を準備し始めた。
 その彼の行動に驚いたのはわたしよりも悪戯仕掛け人達の方で、わたしに“あれはなんだ?”なんて聞いてきた。

「セブルスよ。」

 わたしは彼の前に椅子を用意しながら答えると、彼らに向かいあってにっこりとほほ笑んだ。

「さぁ、授業の時間ですから、煩い方々には御退室を願っても?」

 ただ一人、ブラックだけはやはり怒りだしたけれど、彼を引きずるようにしてポッターが、その後を追うようにペティグリューが、そしてそれを追っていたルーピンが振り返る。けれど彼は何も言わずにわたしに両肩を挙げて見せた。

「失礼な奴らだこと。」

 彼らの姿が教室から消え去ったのを確認して、やっと椅子に座ってセブルスの方を見た。忙しなく動いているのかと思った彼は、少し不安そうにわたしを見ていた。

「何をされるか、分かったものじゃないぞ?」

「ああ、大丈夫よ、きっと。」

「しかし、奴らは本当にしつこい。それに卑劣だ。」

「それは、そうね、しつこそう。でも卑劣ってほどじゃないわ。子供じみてるだけよ。」

 わたしが笑うと、彼は驚いた表情で固まってしまった。待ってみるけれど、彼はそのまま暫く動かない。ただわたしの瞳の奥を、何かを探るみたいに覗き込んでいた。わたしはそんな彼の瞳を逆に覗き込む。黒く、深い、とても素敵な眼をしていた。

「何かあったら、言ってくれ。」

 そう言ったきり、その日はそれ以降、一言も言葉を発する事は無かった。



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