あれから悪戯仕掛け人たちとは、会えば挨拶をする程度の仲になった。あれ以来彼らがわたしの前で杖を出してくる事は無くて、マクゴナガル先生の期待に応えるタイミングはまだ無い。
あんなにも無口で無愛想に振る舞っていたセブルスも、幾日か放課後を共にするうちに、少しずつ口数が増えて、様々な感情を表してくれるようになった。
そして何より、彼はよく笑うようになった。不器用で、困った風に微笑むのがとても彼らしくて、わたしはその笑顔見たさに、頑張って彼を楽しませようと必死になってしまう。
放課後、わたしは図書館に出向いた。別に珍しい事でもない。勤勉が売りのレイブンクロー生にしてみたら、図書館には「通っている」と表現した方が的を射ているだろう。
何気ない一日の延長線上に、奥の机に本を山積みにするセブルスを見付けた。彼と出会って数ヶ月経つ。彼もよく図書館に行くと言っていたのに、会うのは今日が初めてだった。
わたしは必要な本を数冊手に取ると、彼の居る机を目指した。
「ここいいかな?」
わたしの声に顔を上げたセブルスが、親しくなければ分からないような小さな笑みを浮かべた。それを肯定の返事と受け取ってわたしは彼の前に座った。彼は自分の前に積まれていた本を、素早く脇に積みなおしてくれる。彼はいつだってそうやって気を使ってくれた。
わたしが教科書を開くのに戸惑えばページを教えてくれ、どんなに拙い質問をしても、それに対して真剣に答えてくれた。廊下ですれ違えば目線を少し合わせて挨拶をしてくれるし、手紙には必ず返事をくれた。お互いの時間が開いている時に会えば他愛ない会話にも付き合ってくれる。悪戯仕掛け人達がわたしに声を掛けるのを見たら、少し離れたところに居たとしても大急ぎで必ず駆けつけてくれる。そして「大丈夫か?」と酷く不安そうな眼をする。わたしが笑えば、彼も笑い返してくれた。
「みんなセブを誤解してるわ。」
わたしが彼を見て言うと、彼は本に戻していた視線をゆっくりと上げた。
「セブはとても優しい。」
「それはお前の勘違いだ。」
「一番最初は何にも話してくれなかったから、ちょっと腹が立ったけど、どうしても貴方が皆が言うような人には思えなかったの。冷たくされたけど、きっと貴方はみんなが言うみたいに酷い人じゃないって思ったの。だってもしそんな人なら、こんな面倒な事受けるわけないって。」
「の事を教える事を承諾したのは、自由にあの場所と材料を使っていいと言われたからだ。」
セブルスが視線を外して積み上げた本を意味もなく見ていた。その黒い瞳がずんと沈むのを見た。
「だったらわたしを追い出せばよかった。でも、セブはわたしがそこに居る事を許したし。それにまた誘ってくれた。」
「それは…」
彼の瞳がさ迷う。右へ左へ。
わたしを捉えて、そしてまた外される。
「ああいう態度を取れば、出ていくと思った。なのに、僕を名前で呼んでいいのか聞いたり、最後まで見ていたり…。それに見るだけで学習して、その上、あんな…、自分勝手な扱いをしたのに、お前が礼の手紙なんて寄越すから…」
彼が読んでいた本で顔を隠した。けれどわたしには彼の今の表情が想像できて笑ってしまう。彼が窘めるような視線をくっつけて本を退けると視線が合わさる。心の中が温かくて微笑めば、彼は困ったようにそれに応えてくれた。
「ほら、セブってやっぱり優しいわ。」
「何処がだ。」
「貴方が噂通り陰険で根暗で冷たくて人当たりが悪いなら、あんな貧相なお礼の手紙なんて無視するわ。」
それにきっと笑い返してなんてくれない。そんなにも優しい瞳で笑い返してくれたりしない。
「もしおまえが長ったらしい嘘ばかりの手紙を寄越してくれていたら、僕は誘わずに済んだ。」
「あら、じゃぁ正直に書いてよかったわ。」
司書のマダムに怒られない程度に声を出して笑えば、彼も同じように笑った。
暫くお喋りは止めて、各々の作業に集中していた。いつの間にか時間は流れて、空が茜色に染まって、低くなった太陽が空と同じ色に図書室をわっと染め上げる。
わたしが視線をセブルスに向けると、同じように彼もわたしを見ていた。少し前まで静かだけれど賑わっていた図書室には、もうあまり人は残っていないようだった。わたし達の視線が届く範囲に人の姿は無い。
真っ赤な世界でわたしとセブルスの視線だけが合わさって、呼吸だけが耳に届いた。
「セブは本当に優しいわ。」
わたしが言うと、彼の眉が歪む。口を開いては閉じて、閉じてはまた開いて。何か言おうとして吸い込んだ息が、彼の口の中で留まっては音にならずに吐き出される。何度かそれが繰り返されて、セブルスはそっと瞳を閉じた。
「僕は優しくない。」
頭を振って、力なく吐き出された言葉が震えていた。
そしてもう一度合わされた視線。その瞳が黒く深く揺れて、探るように、探すように、わたしを覗き込む。何かを諦めたような瞳の奥に、何かを諦めきれない彼が見えるような気がする。
セブルスの隠している事にはもう検討が付いている。彼は自分が闇の側に付く事を後ろめたく思っているのだろう。
「たとえ、ね、」
セブルスから一度視線を外して、茜色の空に眼をやった。直接的に光が眼を透過して痛い。ほんの少し涙が出そうになった。
「たとえセブがとっても重大な罪を犯してね、」
セブルスの肩が一瞬跳ね上がって、空気が冬の夜の様に緊張するのを感じた。彼から外した視線を戻すと、彼の方が下を向いてしまっていた。けれどそんな彼を真っすぐと見詰めた。いつ彼が上を向いて、わたしの眼を探してもいいように。彼の眼がわたしの眼を見い出すことが出来ずに、絶望してしまわないように。
「わたしにとって、セブは優しいセブのままよ。」
自分でも不思議なほどに穏やかな声をしていた。それに今までに感じた事がないほど穏やかな涙が込み上げてくるのを感じた。その涙を溢さないようにしながら、酷く自然に微笑みが浮かぶ。
わたしは今、きっとわたし自身でも見たことがないような顔をしているんだろう。その顔を知っているのは、驚いたように頭を跳ね上げさせたセブルスだけ。彼だけだろう。
セブルスの眼がわたしを捉えた。その彼の瞳は迷子の子供が母親を見付けた時のそれに似ていた。
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