あの後、ふたりぼっちで世界から忘れ去られたみたいにセブルスと見つめ合っていたら、マダム ピンスに追い出されてしまった。図書館に注ぎ込む茜色の光はだいぶ弱まって、薄らと残像を残すばかりになっていた。
わたし達は「はい」と返事をして、もう一度だけ視線を合わせた。何故だかとても照れくさい気がして。どうやら彼もそうだったようで、目が合うとお互いほんの少し赤い顔をしていて同時に吹き出してしまった。勿論マダムに窘められて、けれど収まらない笑いを抱えながら食事をするために大広間へ向かった。
笑いを堪えながら食事の席に着いたわたしを見て、サラがしつこく色々と訊いてきて、わたしはその日の夜に彼女にセブルスとの素敵な時間を教えてあげた。サラが今まで見たことがないくらい落ち着いた優しい目でわたしを見ていた。
それがなんとなく心地よくて、それからは毎日のように、彼女の方から尋ねてくることがなくても、彼女にセブルスの話をした。
夏が近付いているというのに少し冷える夜。寝間着に着替えて、ベッドの端に腰かけて、他の子の準備が整うのを待っていた。
ふと、今セブルスは何をしているのかが気になった。そう、きっと、魔法薬学か闇の魔術の本を読んでるだろう。いいえ、きっと絶対に魔法薬学。だって明日はわたしの授業の日だった。
彼はとても熱心で、親しくなってからは必ずメモ書きをくれる。教科書は間違っていることもあるということを、彼が教えてくれた。だからきっと今日もそのメモを作ってる。メモって言ったって、それは簡素なものじゃなくて、羊皮紙に文字がぎっしりと詰まっているものだった。
あれを彼は一体どれくらいの時間で書き上げているのだろう。それを書いてくれている時、わたしが彼の事を考えるように、彼もわたしのことを考えてくれているのだろうか。
彼の事を考えると心臓の動きが速くなった。口の端が少し上がってしまうのを抑えきれない。目を閉じると彼の小さな微笑みが見える。心臓が小さく跳ねた。少し息苦しくって、でもどこか心地よい。
ああ、この感覚は―。
「わたしセブが好きなんだわ。」
ぽつりと呟くと、その音を拾ったルームメイトの二人が一斉に酷い顔をした。それはもう、酷い顔。きっとこの先彼女たちとどれだけ付き合い続けたとしても、二度と見れないのではないかという程だった。
けれどサラだけは笑っていた。セブルスと過ごした図書館での時間を話したときと同じように優しい、優しい目をして。
「やっと気付いたんだ。」
「え?」
「はさ、もうずーぅっと前からスネイプの事好きだと思うよ?」
げー、なんて野次を飛ばしてくる二人なんて、もう見えないと思った。サラだけがわたしの友達なのかもしれないなんて、そんな安直な考えが浮かんだ。
「ずっと…」
呟いてみる。ずっと。初めてあった日から気になって仕様がなかった。だから見たことの全てが思い出せた。学習して、習得したんじゃない。セブルスの指先が器用に動く様が、目に焼き付いてしまっていただけ。その動きの全てを、脳が覚えていたいと、大切に大切に、記憶の箱に仕舞い込んだ。
「サラ…」
「なに?」
わたしはサラの方を見た。他の二人はもうこの話題には興味がないようで、自分たちの恋愛についてきゃっきゃと騒いでいる。二人はシリウス・ブラックが好きらしい。彼の顔が。家が。成績が。それって恋なの?、なんて聞くのはご法度。彼女たちだって憧れでしかないことは分かっているから。
「どうしよう…」
自分が思っていた以上に重たい声が漏れた。空気を震わせるだけの、細い音だったのに、それは何十冊の本を重ねたよりも重たく響いた。
サラを見ると、ひどく驚いた顔をしていた。わたしはもう一度同じ言葉を呟いて顔を両手で覆った。涙が出そう。目頭がほんの少し熱い。
セブルスが好き。始まりの日から。だから彼に手紙を書いて、だから彼の笑顔を求めた。たった一回で終わりになんてしたくなかった。ずっとずっと一緒に居たいと思った。
わたしは不安そうなサラを自分のベッドに引きずり込んだ。カーテンを確りと閉めて、防音の呪文まで掛けた。聞かれてはいけないことだから。彼女たちの未来には必要のない話。ほんの数か月前までは、わたしだって必要のない話だったのにね。
「セブルスは行ってしまうわ。」
何処にとは言わなかった。きっとサラは分かってくれるだろうから。案の定サラはとても暗い顔をして少しの間ベッドの上に揃えて置いた自分の手を見ていた。
「は、そんなセブルスをどう思うの?」
堪えたはずの涙が頬を濡らす。とても静かな涙だと思った。自分のことなのに、自分のことじゃないような気がする。少し離れたところにわたしの心を持った私がもう一人いるような心地がしていた。
「どんなセブルスでも、わたしのセブルスは、セブルスのまま…優しい彼だよ。」
「ならそれでいいじゃない。」
「でもさよならしなきゃになるわ。」
「違うわ、。さよならじゃない。」
涙でぼやける視線をサラに向けた。サラはわたしの両頬をその温かい手で包んで、額と額を寄せた。
「さよならじゃない。」
もう一度言い聞かせるように、そっと、そっと、サラは言った。さよならじゃないと。言葉にはできないけれど、さよならなんてしなくていいんだと。頬を包むサラの手にそっと触れると、サラは上手く言えなくてごめんと言った。
「は、卒業して、そしたら一生スネイプと会えないなんて、嫌でしょう?」
「うん。会いたい。どんなに時間が経ったって、会いたいよ。」
「じゃぁ信じよう。いつかきっと彼が会いにきてくれるって。だから、またね、っていいなよ。」
「またね・・・」
また、会おうね。そうやって言ったら彼はどう思うんだろう。まだ少し先のことだけれど、彼と違う世界に足を踏み入れる時に、またね、と言ったら。セブルスは困ってしまうのだろうか。優しい彼だから、きっと凄く困って、それでも笑ってくれるだろう。突き離し切れなくて、きっと、困った風に笑って、またね、と返してくれるんだろう。
「大丈夫よ、きっと、きっと…」
サラはそう言ってわたしを抱きしめた。わたしもサラを抱き返して、眠りに就いた。幸せな夢が見れるようにと、二人祈って。
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